VOL.1

3月11日午後14時46分。巨大地震発生直後
マグニチュード9.0 いわきでは震度6弱を観測

四倉地区の震災の犠牲者は直接死22名。関連死13名。
合計35名の尊い命が失われました。
謹んで亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げます。


大地震発生直後
15時 5分
諏訪神社の鳥居が地震により倒壊する
15時 5分



津波は約7.5メートルを観測

15時40分頃津波が町を襲う
必死になって逃げる
諏訪神社の鳥居前で波が止まる
15時45分



15時45分呆然と見ているのみ

仲町付近。約1メートルの海水につかる。
メイン道路は川になってしまった・・。
16時30分
新町の入り口(5丁目付近)
惨状を見て絶句
17時25分



津波襲来直後の道の駅 17時25分頃

ここからは四倉町商工会 吉田裕徳 元事務局長が撮影

四倉支所前ローソン駐車場に津波が迫る
15時37分



西4丁目四倉商工会館ベランダから写す
大地震直後、海の方向に不気味な雲が漂います。
地震雲か・・・?
16時9分

5丁目地内船渡八幡神社境内から
四倉海水浴場を見る。津波が繰り返し襲来している
16時36分
船渡八幡神社境内から撮影
御免橋交差点が冠水
16時36分





津波を間近に見た住民の証言を元にすれば・・。
津波は南は塩屋埼灯台方向から。北は久之浜方向から斜めの波で押し寄せたそうです。
四倉港ウロコスタンド付近(6丁目)で北から来た波と南から来た波がぶつかりあってその付近は
予想より低い浸水となったそうです。津波襲来推定時間は15時25分頃。地震発生から
約35分経ってからでした。津波の高さは推定で約7.5メートル。史上稀にみる大津波でした。

 早期の自宅復旧をあきらめ行政の指示に従い避難所となる四倉高校体育館へ家族で避難しました。余震に怯えながら一夜を過ごすことになりました。
 午後4時30分頃とりあえず自宅の納屋から無理やり自転車を引きずり出して当面の移動手段を確保しました。
 午後8時頃自宅と店の状況を確認しに行ったが海水がまだ引かず家の中に入るのが困難でした。さらに午後10時頃再び家に入ることを試み成功!早速当面最低限必要な物品を暗闇の中から引き出すことが出来ました。さらに親族の安否確認と遠くに住んでいる親戚や知り合いに自分達は無事という連絡を考えられる手段を使い、連絡をしました。
 次に深刻な問題は水道が断水となりました。しかし四倉町内は幸いにして停電とはならず、一部の生活ラインは生きていました。
 震災の状況を把握するため単独で四倉支所へ行きカウンターにあるテレビのニュースをみて状況の把握に努めました。しかしこの時点で原発の極めて深刻な出来事やいわき市沿岸の町が津波により甚大な被害を被っていたかは想像することが出来ませんでした。
 状況を飲み込むのが精一杯で何が何だかわからない長い一日となりました。


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